労働保険制度
厚生労働省のホームページには、「労働保険制度」について次のように書かれています。
〇 労働保険制度は、労働者の業務上の自由または通勤による労働者の傷病等に対して必要な保険給付を行い、併せて被災労働者の社会復帰の促進等の事業を行う制度です。その費用は、原則として事業主の負担する保険料によって賄われています。
〇 労働保険は、原則として一人でも労働者を使用する事業は、業種の規模の如何を問わず、すべてに適用されます。なお、労働保険における労働者とは、「職業の種類を問わず、事業に使用される者で、賃金を支払われる者」をいい、労働者であればアルバイトやパートタイマー等の雇用形態は関係ありません。
〇 労災年金給付等の算定の基礎となる給付基礎日額については、労災保険法第6条の3等の規定に基づき、毎月勤労統計の平均給与額の変動等に応じて、毎年自動的に変更されています。
・労災年金給付等に係る給付基礎日額のスライド率等についてはこちら
・休業(補償)等給付に係るスライド率についてはこちら
”テレワーク”の定義
一般的に、「オフィス以外の場所で就業する柔軟な働き方」をリモートワークといわれていますが、リモートワークもテレワークも基本的には同じ意味合いで良いと思いますが、ここでは、国や自治体が用いている「テレワーク」を使い進めて行きます。「テレワーク」とは、会社以外の場所での勤務をいい、働く場所に応じて、在宅勤務、モバイルワーク(顧客先や移動中など)、サテライトオフィス勤務の三つに分けられます。「サテライトオフィス」とは、センターオフィス(通常勤務する固定的なオフィス)から離れてその機能の一部を担い、常に交信可能な場所に設けられ小規模なオフィスのことをいいます。
テレワークに関する特別な法令はなく、会社における勤務と同様に、労働基準法、労働安全衛生法、労働者災害補償保険法など、一般の労働基準関係法令が適用されます。
テレワークの実施に関しては、厚生労働省が平成30年2月22日に策定した「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」を参考にしてください。
なお、テレワークの形態では在宅勤務が圧倒的に多いので、ここからは在宅勤務時に生じる災害に絞ってお伝えします。
労働災害
労働災害とは
「労働災害は、業務上の事由による労働者の負傷、疾病、傷害、死亡など(以下、「負傷など」という)である「業務災害」と、通勤による負傷などである「通勤災害」とに分けられます(労働者災害補償保険法1条、7条1項)。
在宅勤務は自宅における勤務であるため、通勤災害は生じないという前提で、以下、業務災害についてのみお話しします。
業務災害と認められる要件
業務災害と認められるためには、①業務遂行性、②業務起因性の二つの要件を満たす必要があります。
・業務遂行性:労働者が労働関係の下にあること、すなわち、労働契約に基づき事業者の支配下にあること。
・業務起因性:業務と傷病などの間に相当の因果関係があること。
業務災害に該当するか否かについては、まず、①業務遂行性の有無が判断され、業務遂行性があると認められる場合に、②業務起因性があるか否かを判断します。
業務災害のうち、業務上の事由による負傷については通常次の三つに分けて考えます。
ⓐ 事業主の支配下にあり、かつ管理下にあって業務に従事している場合
ⓑ 事業主の支配下にあり、かつ管理下にあるが、業務に従事していない場合
ⓒ 事業主の支配下にあるが、管理下を離れて業務に従事している場合
上記のうち、ⓐとⓑは労働者が事業場内施設にいる場合です。自宅は事業場内施設ではありませんので、在宅勤務は上記の内ⓒに該当するものと考えられます。
ⓒの場合は、事業主の管理下を離れてはいるものの、労働契約に基づき事業主の命令を受けて仕事をしているわけですから、事業主の支配下にあるといえます。従って、仕事の場所はどこであっても、積極的な私的行為を行うなど特段の事情がない限り、一般的に①業務遂行性が認められ、②業務起因性についても特にこれを否定すべき事情がない限り認められるとされています。
在宅勤務時の業務災害

在宅勤務時における業務災害とは、どんな場合に認められ、または認められないのかを、具体的に検討していきましょう。
デスクワーク中におけるケガ
<事例1>
所定労働時間内に自宅でPC作業中、デスク脇の資料を取るために立ち上がり、座る際にバランスを崩して転倒し、ケガをした。
事例1のケースは、まさに労働時間中の事であり、事業者の支配下にあるものといえるため、①業務遂行性の要件を満たします。また、資料を取るという業務に関連する行為に起因してケガをしているため、業務とケガとの間に相当の因果関係があるといえるので、②業務起因性の要件も満たすことになり、このケースにおけるケガは業務災害に当たると考えられます。
<事例2>
所定労働時間内にリビングでPC作業中、同じ部屋で遊んでいた自分の子供が投げたおもちゃが頭に当たってケガをした。
事例2のケースは、労働時間中の事であり、事業者の支配下にあるものといえるため、①業務遂行性の要件を満たします。問題は②業務起因性の要件です。業務とケガの間に相当な因果関係が認められるかどうかということになります。一般的には、子供の行為により受傷することは想定されるところであるので、業務起因性が無い様に考えられます。しかし、子供の育児、又は病気やケガで学校を休んでいる場合、親が子供を目の届く範囲に置きながら業務に従事せざるを得ない状況も十分にあり得ます。このような場合は、②業務起因性を特に否定すべき事情はないため、業務災害と認められる可能性はあります。
離席などに際するケガ
<事例3>
A 休憩時間中に子供と遊んでいる際にケガをした。
B 所定労働時間内に、PC作業を中断して家事や育児などを行っている際に ケガをした。
C 所定労働時間内に自宅でPC作業中、トイレに行くため作業場所を離席した後、作業場所に戻り椅子に座ろうとした際に転倒してケガをした。
まず、Aのケースのように、昼休みなど、休憩時間中の私的行為により生じたケガについては、業務災害とは認められません。また、Bのケースも、所定労働時間内とはいえ、業務を中断し、積極的な私的行為を行っている際に生じた災害であるため、①業務遂行性がなく、業務災害に該当しません。
では、Cのケースはどうでしょうか。トイレに行くという行為自体は業務ではありませんが、生理的行為として業務に付随する行為と取り扱われるため、①業務遂行性の要件を満たします。また、②業務起因性を特に否定すべき事情もないため、業務災害に当たると考えられます。過去に同様な事案で業務災害と認定されたケースがあります。
<事例4>
所定労働時間内に、一時離席してベランダでタバコを吸っていた時、前日の雨でベランダが濡れていたため、足を滑らせて転倒し、ケガをした。
ここでは喫煙がどのような扱いになるかですが、一般的に、所定労働時間内の喫煙が許されている企業は有ると思います。実際に、喫煙による離席は休憩時間にはならず、労働時間であるとした裁判例は複数あります。
したがって、職場(事業場)の喫煙所で所定労働時間内に、喫煙中に足を滑らせて転倒し、ケガをしたような場合であれば、事業主の支配・管理下にある時間中の災害であるとして、業務災害と認められる可能性があります。
他方、自宅のベランダは事業主の管理が及んでいませんので、職場の喫煙所と全く同列には考えられません。喫煙行為が勤務中に容認されている企業であるなら、業務に付随する行為とみなされ、業務災害と認められる可能性はわずかですがあると思います。
腰痛

<事例5>
在宅勤務で、自室がないため、ダイニングのテーブルと椅子を使用し、ノート型PCでの作業を3ヵ月間続けた。椅子とテーブルの高さが職場とは違い、長時間の作業には向いていなかったようで、腰痛が悪化した。
在宅勤務が長期間続くと、さまざまな症状が現れたり、悪化したりします。「仕事に適した机や椅子がない」「肩こり・腰痛になった」などの従業員が増える来るのも当然の成り行きです。
厚生労働省が定める「腰痛の労災認定」では、腰痛を「災害性の原因による腰痛」と「災害性の原因によらない腰痛」の2種類に区分し、それぞれについて業務災害と認定するための要件を定めています。
認定基準では、「労災補償の対象となる腰痛は、医師により療養の必要があると診断されたものに限ります。」となっています。
災害性の原因による腰痛
休負傷などによる腰痛で、次の①、②の要件をどちらも満たすもの
① 腰の負傷又はその負傷の原因となった急激な力の作用が、仕事中の突発的な出来事によって生じたと明らかに認められること
② 腰に作用した力が腰痛を発症させ、または腰痛の既往症・基礎疾患を著しく悪化させたと医学的に認められること
災害性の原因によらない腰痛
突発的な出来事が原因ではなく、重量物を取り扱う仕事など腰に過度の負担のかかる仕事に従事する労働者に発症した腰痛で、作業の状態や作業期間などからみて、仕事が原因で発症したと認められるもの
事例5のケースは、腰部の外傷などに起因する腰痛ではないため、「災害性の原因による腰痛」には当たりません。
それでは 「災害性の原因によらない腰痛」 に該当するのか?その答えは、従事する作業の期間により二つに類別され、「相当長期間」、または「比較的短期間」の場合です。今回の事例のような比較的短期間(概ね3ヵ月から数年以内)における腰部に過度の負担のかかる業務の例として、以下の業務が挙げられています。
(イ) 概ね20Kg程度以上の重量物又は軽量不同のものを繰り返し中腰で取り扱う業務
(ロ) 腰部にとって極めて不自然ないしは非生理的な姿勢で毎日数時間程度行う業務
(ハ) 長時間にわたって腰部の伸展を行うことのできない同一作業姿勢を持続して行う業務
(二) 腰部に著しく粗大な振動を受ける作業を継続して行う業務
事例5のケースでは、上記の内の(イ)と(二)の作業には明らかに該当しません。また、椅子に長時間継続して座り続けることは(ロ)の「腰部にとって極めて不自然ないしは非生理的な姿勢」とも言えません。
そして、デスクワーク中であっても適宜立ち上がって腰を伸ばすことも通常は可能であると思われますので、(ハ)の業務にも該当しないものと考えられます。
このように、在宅勤務の継続に伴う腰痛が業務災害と認定される可能性は低いと思われます。
メンタル不調
<事例6>
コロナ禍以前はオフィス勤務だったが、在宅勤務中心に変わった。業務時間には変わりわないが、業務と私生活との区分が付かなくなり、加えて、仲間とのコミュニケ―ションがほとんどなくなったため強い孤独感を感じるようになった。夜も眠れなくなったので、受診してみたら、うつ病と診断されてしまった。
業務に関連する可能性があるメンタル不調については、厚生労働省の定める「心理的負担による精神障害の認定基準」(以下、「認定基準」という)に基づき業務災害であるか否かが判断されます。認定基準の認定要件は次の三つです。
ア. 対象疾病を発病していること
イ. 対象疾病の発病前おおむね6ヵ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
ウ. 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと
うつ病はアの「対象疾病」に該当します。イの「業務による強い心理的負荷」とは、発病前概ね6ヵ月の間に「特別な出来事」に該当する業務による出来事が認められるかどうかで判定されます。
認定基準における「特別な出来事」とは、生死にかかわる業務上のケガや、業務に関連して他人を死亡させるなど、「心理的負荷が極度のもの」や、発病直前の1ヵ月に概ね160時間を超えるような「極度の長時間労働」を指します。
「特別な出来事」に該当する出来事がない場合は、認定機銃の手順に従って心理的負荷の総合評価を行い、「強・中・弱」に評価するとされています。
認定基準の別表1に「業務による心理的負荷評価表」の中に「具体的出来事」が 列挙されています。事例6のケースの「在宅勤務中心に変わった」という点は、18の「勤務形態に変化があった」、19の「仕事のペース、活動の変化があった」に該当する可能性があると考えられます。これらの項目は、一般的には心理的負荷は「弱」とされ、「強」になることは稀であるとされています。
また、ウの「業務以外の心理的負荷」について、別表2に「具体的出来事」が列挙されています。この中に「天災や火災などに合った」という出来事があります。コロナ過が「天災」に該当するとまでは言えないかもしれませんが、コロナ禍に伴う外出自粛や生活様式の変化が「業務以外の心理的負荷」として考慮されることはあり得るところだと思います。
このように、認定基準に照らして考えると、在宅勤務中心に変わった後にうつ病を生じたとしても、「極度の長時間労働」がない場合は、業務災害と認定される可能性は小さいと思われます。
自宅でのコロナウイルス感染
<事例7>
家族がコロナウイルスに感染し、その後に自分も感染した。徹底して外出を自粛し、在宅勤務を続けていたので、私は家族から感染したと思う。
厚生労働省は、令和2年4月28日付で「新型コロナウイルス感染症の労災補償における取扱いについて」という通達を発しています。同通達は、日本国内において感染が確認された場合の具体的な取扱いについて、感染者が医療従事者であるか否か、医療従事者以外の場合は感染経路が特定しているか否かにより区別しています。
そして、医療従事者以外の労働者であって感染経路が特定されたものである場合は、「感染源が業務に内在していたことが明らかに認められた場合」に労災保険給付の対象となるとされています。
そうすると、事例7のように家族からの感染であると特定された場合には、仮に在宅勤務を続けていたものであるとしても、自宅は基本的に私生活の場であり、在宅勤務に起因する感染であると特定することができないため、「感染源が業務に内在していたことが明らかに認められた場合」には該当しないため、業務災害には当たらないと考えられます。
結果として、業務災害に該当しそうなケースは事例1と事例3Cということになりそうですが、現実に起きる災害は一つひとつ事実関係が異なるため、自分一人で解釈せずに労働基準監督署等に相談してみることをお薦めします。
参考文献:「日本の人事部」by株式会社HRビジョン
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